12月1日 8時47分

一番近くの救急病院の受付が0:00で終了していて電話すると自動応答メッセージだったのでクルマで15分ほどの救急病院に電話して受け入れてもらえることを確認しました。


電話口で症状を伝えて、指示されたとおりに「ミントを冷やさなきゃいけない」とミントの頭の周囲に保冷剤を詰め込んで、クルマの窓を全開にして視界が滲んできそうなのを堪えて走りました。


助手席で妻が抱えるカバンの中のミントの荒い息遣いが「まだまだいきてるよ」とアピールしているようで、急いで病院にたどり着かなきゃ、と無理にアクセルを踏み込もうとする脚を抑えて抑えて走りました。

救急病院

ナビ上はすぐ近くで、この通りの一本横のはずなのに一方通行に阻まれぐるーと遠回りをして、やっとのことでたどり着いた時刻は1:00前だったと思います。


10台ほど置ける駐車場に車を停め「救急入り口」と灯りのついた小さなドアに向かいました。


横に昼間用の窓口と思われる電気の消えた奥に待合室が見える大きなドアがあり、青い白衣を着た先生と思われる男性がドアが閉まらないようカラダで支えて、患者さんと思われる人がその先生から何度も頭を下げて犬が寝そべってちょうど入るであろう平べったい白い段ボール箱を受け取って大事そうに抱えて駐車場に向かい歩き出す姿とすれ違いました。

いきものが入っているのかな?って思ったのですが、その段ボール箱は何が入っているのかわからないけど軽そうで、生きているものが入っている気配は感じられませんでした。

この先を暗示するようなものを見た気がして「ミントは違う!!」と強く念じました。


慌てて救急の入り口のドアのノブに手をかけようとする妻にその先生が落ち着いた口調で「そちらのインターホンで電話の名前を伝えてくださいね。」と教えてくれました。


インターホン越しに名前を告げるとモーターでカギが開いた音がして、明るい待合室の中に踏み入れました。瞬間、明るくカラフルな待合室はどことなく救われるような気持になりました。


カウンター越しに「ワンちゃん見せてもらえますか?」と言われたのでカバンの中をカウンター越しにもみえるよう差し出すようにぐったりと中でうずくまっているミントを持ち上げました。

様子を見た先生に「すぐに処置室に連れて入って」と指示されました。


診察台に手ごたえのないミントを僕が診察台の上に流すように横たえると先生は手早くいろいろ確認していました。

目にペンライトの光をあてて反射がない。ということを聞き、20:00ごろに座薬を入れてもらったこと、数日前からの症状の遷移を手短に伝えました。目の前で

「てんかんの症状を抑える注射」

「カラダの冷却」

「酸素の吸入」

の処置をしてもらい、まず血液を採って検査をしてもらうことになりました。

病院が混んでることもあって結果が出るまで数時間かかるかも?待合室で待ってください。

と言われ、ミントから目を離したくない気持ちを抑え診察台から妻を引きはがして抱えるようにして待合室に連れて行きました。


どれくらいたったのか憶えていませんが待合室で座っている二人のもとに先生が来て「ミントちゃんの動画を撮ってますか?あれば見せてください。」といいました。

ここぞとばかりに妻と僕とでいくつかの動画を次々に見せました。こちらが見せる動画の順番で先生は大きくうなずきながら、こちらが「この動画の奥に何があるんだろう?」って思うくらい深く動画に見入っていました。

ひとしきり見せた後、説明をしていただいていたのですが、あんまり憶えてません。


待合室で待っていると入れ替わり立ち代わりインターホンが鳴り、新しい患者さんが入ってくるようでした。


30分ほどするとまた待合室の僕らのトコに先生が来て、血液検査の結果が出ました。ココで説明しますか?処置室に入られますか?と聞かれたのでミントの様子を見たい僕らは迷わず処置室に入ることにしました。

ミントは鼻にかかったいびきともとれない寝息で呼吸の都度おなかが上下に動いていました。舌が軽く出たままなのでしたがいつもの無邪気な熟睡にしかみえませんでした。ただ、診察台の上で「抱っこ」ってねだって逃げてこようともしないミントを見るのがこんな感じなのは皮肉だなぁと。


処置室の扉を閉めて診察台の上に横たわるミントを挟んで先生に向き合うと、「血液検査の結果が出ました。血糖値が24ほどなので低血糖です。」と告げられました。「でも、低血糖だけで他の数値はいたって正常なんです。肝機能なども問題があるようには見えません。」とグラフを見せながら熱っぽい口調で言いながら、すぐにブドウ糖をミントの前足にすでに用意された注入用の器具に差し込んで注射しました。

しばらくしてその器具から注射器で血を抜いて後ろの先生に検査するように渡しました。


先生は返ってきた検査結果を見て少し安堵し、その後、椅子にめり込むように体を預け「考える人」の手つきで頭を抱えていました。「あの症状はてんかんではなく、低血糖?」これまでの予想と説明が白紙に戻ったんだろうと察しました。


血糖値は40を下回ると命の危険も及ぶということをひとしきり説明されましたあと「低血糖の原因に関しては、検査をしないとわかりませんが検査には¥〇ほどかかります。」とどうしますか?というニュアンスを含めたように聞かれました。

「お願いします。」というと

「器具などを当てる箇所は毛を剃らせてもらいますが、」と言われましたが、そんなことまで同意を確認するんだなぁと逆に感心しました。


「ミントちゃんは意識のない状態です。」と言われましたが僕は病院にいるということ、原因に一歩でも近づいてきていることで先行きが開けたような安堵の気持ちで気楽でした。

大きく息をしている背中を撫でながら「ミント。大丈夫だよ。一緒にいるからね。一緒に帰ろうね」って声を掛けてました。


その後、検査をしてから酸素のケージに移すこと、継続して糖を注入することについて了承を求められ同意してミントを離れ待合室に移動しました。


予想していた「脳神経が・・・」ではなかったことから「なんとかなりそうだよね」って、先生の話を聞いて妻もそう思っていたことを聞きました。


検査結果

3:30をまわった頃、待合室のベンチてウトウトしていると先生がそこにスクっと立っていて「検査の結果が出ました。」と言って手に持っていた複数枚の写真を代わる代わる差し出し、何がなんだかわかんない。どちらが上かもわからないなか説明を受けました。
「名前、ミントちゃんですよね?」という確認を節々に挟みながら、
「肝臓の全体が凸凹で原型をとどめていない。」
「低血糖の直接の原因はわからない」
「お腹を開いて原因を特定できたとしても、それで間に合うかどうか」ってことだけでした。

「ミントちゃん見ますか?」と奥の酸素の部屋に案内されミントがいびきをかきながら寝ているところを見ました。

糖を継続して投与して様子を見ていますのでしばらく待合室でお待ち下さい。
そう促され待合室に出てベンチの僕たちの暗黙の定位置になった場所に戻りました。

そんなわけもないのにまわりのワンちゃんや猫はみんな元気そうに見えて、それを抱えている飼い主さんはとても幸せそうに見えました。

再び声をかけられ、酸素の部屋の前に移動して3人でミントを見ながら説明を受け
「救急病院は一時的な処置はしますがあとは主治医と相談してください。」
僕はなんとかして欲しいと病院にすがる気持ちでいっぱいでした。
「5:00で閉まりますが、このまま入院して主治医の開くのをまちますか?」
と聞かれました。でも、状況の説明のなかで
「ミントちゃんがね、薬で眠っていて意識がないはずなのに、前に、前にって出口に近づいてくるんですよね」
と聞いて「何かあるならミントの大好きな家で!」「連れて帰らなきゃダメだ!」って病院にすがる気持ちが吹っ切れました。


帰り際、先生がミントを抱えて待合室に来てくれました。

先生がベンチに座っている妻の膝の上にミントを移すとすぐにミントがおしっこを漏らして妻のズボンが濡れました。

「安心してくれてるんだね。こんなの子犬の時以来だね」って少しうれしそうに目に涙を溜めていました。


 最後の散歩

5:30頃、家に連れて帰り寝室の布団の上にミントの気に入っていたクッションを置きミントを寝かしつけて近所の病院が開く10:00を待つことにしました。

ふと気がつくとミントが傍らに寝ていて、時刻は9:30頃でした。

おなかが上下に動いていることから「あぁ生きてる」とちょっとホッとしました。


僕は寝てしまっていて、妻が30分おきくらいに病院でもらった糖を注射器のおもちゃみたいなもので口にやっていたのですが、やるたびに発作を起こすのでどうしようと言っていました。


一人で先にミントを抱っこして病院に向かっているとき、ミントが腕の中でおしっこを漏らしました。腕の肘から僕の膝にかけてほんわかと温かい感触が広がっていきましたが、そのまま病院に入りました。


遅れて妻が病院に来た時、ちょうどミントの順番になり診察室に入りました。


救急病院からの引継ぎの書類と写真の入った封筒をそのまま先生に渡し先生はサーっと目を通し終えたところで反応がなくなりました。

妻が先生に必死でいろいろと食い下がってやり取りをしているのがBGMのように鳴っている中でミントを見ていました。

「・・・このままいくと低血糖で意識が戻らないまま息を引き取ります。」

「・・・安らかに」

「・・・自然に」

僕は「トイレに行ってくる。」といってその場を離れました。


診察室に戻り、先生にミントには意識がないこと、そして戻らないこと、今は痛くもつらくもないことを再度確認して「連れて帰ります。」と先生に告げました。

妻の顔を見たとき、反論もなく同意してくれたようだったのでミントを抱えて病院を出ました。


そして、ミントを抱えていつもお散歩に連れてくる公園に着き、いつもは通り過ぎて座ることのなかったベンチに腰を下ろしました。


ミントの腕に巻かれた包帯をほどき、刺さっていた柔らかい注射針の先っちょを抜き綺麗に包んでポケットに入れました。


公園を見渡し、空気は冷たいけど、陽が当たってぽかぽか温かいところでミントにいっぱいいろんなことを話しました。「お出かけ日和なのにごめんね」って。ぐったりと腕にしなだれかかるミントのいびきがやけに大きく響いている気がしました。


家についてクッションをリビングに置き、上にミントを寝かせ、妻はミントの手を握って、僕は背中に手をかけてミントが「生きてる」ってことを実感しつつ、

ミントに明日のこと、お正月に長い休みが取れること、「星を観にいこうね」、「海を見に行こうね」とか「プールはミントが怖がるからもうしないね」とかいろんな話をしました。


よんでるのわかる?


リビングはカーテンのレース越しにやわらかく日が差し込んできて、明るくて、温かくて、僕らもミントを挟んで並んでウトウト寝てしまっていました。


長年かけて、やっとたどり着いたような、静かで穏やかな時間でした。


誕生日

寒さで目を覚ますともう日が暮れて外は暗くなっていました。

ミントはおなかで呼吸をしているように大きく動いていました。きっともう発作を起こすほどの体力も残っていない様子で疲れ果てた様子でした。

何を話しかけても、撫でても反応のないミントを看ながら数時間が経ってました。


妻が僕の誕生日を憶えていたらしく、予約していたというケーキを引き取りに行きました。


戻ってきて、コーヒーを淹れケーキとコーヒーをテーブルに並べました。

いつものように「欲しい欲しい」って抱いている腕をすり抜けようしたり、「食べさせろ」といって吠えたりしてくれない重いぬいぐるみのようなミントを抱いて交代で写真を撮りました。

ひとしきり写真を撮った後、いつもしているようにミントが食べられるフルーツや大好きな生クリームの部分をミントの分として取り分けてしまっていました。

「もう、食べてくれないんだよな」二人でケーキを片付けました。


クッションにカラダを戻してずーっと撫でているとだんだんおなかの動きが小さくなっていきました。

うんちがダラダラダラっと流れ出てきたので蒸しタオルを作って拭きあげて、きれいにしてもまた流れ出てきました。出てくるたびに蒸しタオルを作ってカラダを拭いて、を繰り返しているととめどなく続きそうな気持にもなってきました。

それは黒に近い茶色の下痢で胆汁?クスリ?といった今まで匂ったことのないくらい苦いにおいでした。


それを繰り返しているうちにもう出るものがなくなったのかうんちがピタッと止みました。


ミントの息がだんだん小さくなっていくのをミントの目に映るようにできるだけミントの正面に居ました。

だんだん、だんだん、小さくなってもう見ただけではわからないくらいに息が小さくなりました。

ミントの口元に耳を寄せても息の音がしなくなり、ミントの胸に耳を当てました。

トックン、トックンがだんだん小さくなっていって、音の間隔があいていくのを聞いていました。

小さい「トッ」という音が最後だったと思います。


「今、何時?」と妻に聞くと「8時47分」と答えました。その時だとわかったのでしょう。


瞬間、オレンジ色の温かい風が柔らかくフッと当たった気がしました。


「がんばって、待っていてくれたんだぁ」